その後の話
その後の話
入学式から大分日がたって、いろんなことにも慣れてきた。
昔からの友達のいない教室も、ペースの早い授業も。
ただ、慣れないことも、やっぱりいくつかある。
姉妹達のいない一日。
放課後は、文芸部の部室じゃなく、演劇部へ。
ここには、文芸部がない。
うっかりしていた。部活のことまで考えていなかったのだ。
物語が書けるならなんでもいい、と、仕方なく演劇部へ入った。
まだ、慣れない。
――――あの人のいない、日常も。
×××
「岩崎さん、頼まれてくれない!?」
「え?」
演劇部の部室へ行ったら、いきなり先輩に頼みごとをされた。
「岩崎さんが脚本を書きたいってのはよく知ってるの。
でも、次の劇で、どうしてもあと一人たりないの! お願い、出てくれない?」
「え……でも私、役者なんてやったことないですし」
そんなことを頼まれるとは、思ってもみなかった。
「大丈夫! 誰でも最初は初めてだって!」
「……。じゃあ……はい、やってみます」
そこまで頼まれて、断る理由は無い気がする。
そういうわけで、私は初めて、舞台に立つことになった。
役は大した役じゃないけど……大丈夫かなぁ。
私は家に帰って、真衣と美衣、それに羽衣母さんにこのことを報告する。
「あらあら、それは大変ねぇ」
羽衣母さんはいつものように笑って聞いていた。
「来週から、帰り遅くなるからね」
「先輩にご迷惑かけないようにね」
「亜依が表舞台に立つなんて意外ー」
真衣が言う。私だって意外だ。
「脚本書くんじゃなかったのぉ?」
「そのつもりだったんだけどねぇ。仕方なく、よ」
二階に上がり、私達の部屋の窓から、お隣の洋館を見下ろす。
そこに住んでいた名探偵は、今はもういない。
ある日、いつの間にかいなくなっていた。
いつかのように。
(勝手にいなくならないって、言ってたのに……)
溜め息をついて、窓からはなれる。
窓辺にはまだ、糸電話が付いている。
台所には、「教授用」と書かれたボウル。
洋館の玄関には、表札だって付けっぱなしだ。
教授以外は全部、教授がいたころのまま。
洋館の中には、大量に本だって残っていた。
(どこ行っちゃったの、教授……)
×××
私は毎日、寂しさと好奇心を抱いて、学校へ行く。
大好きな人のいない寂しさと、新しいことへの好奇心。
今日から稽古が始まる。
セリフは少ないから、何とか覚えられた。
(――やっぱり先輩は違うなぁ……)
先輩達の演技を見ながら、それでも心は上の空だった。
なにかに熱中すれば、忘れられるとも思えない。
それくらい、私は教授が――好き、だったんた。
そんなこと、分かってた。
ただ、口にするのが、
「遅かった、だけ――」
今日は一段と上の空。
稽古が終わったら、すぐに家に帰った。
×××
それから数ヶ月後。
演技に自信のないまま、文化祭当日、上演の日を迎えた。
準備が慌ただしすぎて、セリフの確認も出来ていない。
文化祭が始まっても、クラスの方に顔を出すことも出来なかった。
「岩崎さん忙しくってごめんね!これ運ぶの手伝って!」
「あ、はい!」
照明器具を部室からステージへ運ぶ。
校舎と体育館を結ぶ渡り廊下から、生徒玄関のほうに人混みが見えた。
(――……!?)
今、人混みの、中に
「どうした岩崎さん?やっぱ重いよね」
「あっいえ。大丈夫、です……」
「無理しないでねー。やっぱ男子呼ぶんだったなぁ……」
(今の、後ろ姿)
真っ黒なスーツ。
針金細工のような長身。
手足が絡まりそうな、歩き方。
(まさか――)
×××
慌ただしい時間も過ぎ、ステージの幕は降りている。
ビー、と幕開けの音がして、スルスルと幕が開いた。
劇の中盤、暗転が入り、私の出番だ。
他の役者と共に舞台の中央に立つ。
明転。
ストーリーが進む。
私は私じゃなく、役である動く人形だ。
私一人のモノローグ
客席を向く。
「……――あの人が、どんな時を生きて、何を考えていたのか、私は何も知らない――」
台詞を無事言い終わり、一瞬客席を眺めた。
一番前の席に、真衣と美衣。(恥ずかしい……!)
中学のころの友達も一人、来てくれている。
そして体育館の後ろ、入り口のところに、細長いシルエット。
今度こそ、見間違いじゃ、ない。
(教授!)
ずっと、もう何年も会っていないような気がするそのサングラスの奥。
表情は、分からなかった。
それに、次に客席を見たらもういなかった。
客席のどこを探しても見当たらない。
終わった途端、衣装も着替えずに駆け出した。
もちろん、教授を探すためだ。
学校を隅から隅まで走り回る。
すれ違っているような気がして、さっき見たところに戻る。
いない、いない。
どこにも。
外は、すっかり夕暮れだった。
+++
「いいのかい? 本当に」
学校の屋上、誰も入れないはずのところで、銀色の女王が問う。
「あぁ……」
黒い男が答える。
「じゃあ君は、先に行ってしまうんだね」
「あぁ」
「どうしてあの時、あの子を連れて行かなかったんだい?」
「……彼女は、こちらへ来てはいけないからね。何も言わずに、数日家を空けるだけのつもりだった」
「驚いた。まだ君にも常識人らしい思考が残っていたなんてね」
「もうないさ、そんなもの。」
「何故帰らないんだい? 今ならまだ……」
「もうそろそろ、亜依ちゃんも真衣ちゃんも美衣ちゃんも、僕の世話に飽きたんじゃないかとと思ってね。
それに事件を解決できない名探偵なんて、幻滅でしょう?」
黒い男はへらへら笑って言う。
(――うそつきな人だ。)
(貴方はあの時、すっかり赤い夢に取り込まれてしまっただけだろうに)
「あぁ、先を越されてしまった。私も早くそちらへ行きたいものだ。
何しろ最近ジョーカー君がうるさくてねぇ。仕事仕事って、
まったくあの子は怪盗の美学を理解していない。当分そちらには行けそうにも無いよ。
……それじゃあ、私はもう少し文化祭を楽しんで帰るとするよ」
銀色の女王はそう言うと、蜃気楼の術で姿を消した。
「なぜだろうね?私はあまり君がうらやましくないんだよ――」
名探偵の耳には、届かない呟きを残して。
end
亜依ちゃん高校生編。
何故演劇部かって言うと、私が似たような理由で演劇部入ったからです。
役者やったのは自らでしたが。
今はみんなで書いた脚本まとめる仕事もらってます。
なんかストーリーがアレでやる気が、あぁいやまじめにやってます。
ちなみに作中の劇はあるネット台本を基にしてます。
というかまたしても教授があっちへ行ってしまいました。
……今度は甘々なものも書きたいです。
多分クイーンはこの後楽しみすぎてジョーカーに怒られます。
いい大人がとか言われるけど姿は中学生くらいになってて知らん顔。
で、また逃げ出して今度は生徒にでもなるんだと思います。
クイーンが向こう側へ行ってしまうのはかなり先だと思われる。